デジタル時代にパリのキオスクが生まれかわる

パリ便り

パリの駅や路上で新聞・雑誌を販売するキオスクが登場したのは1857年。紙媒体が黄金の時代でした。しかし、デジタル版で新聞が購読できる時代になり、ソーシャルメディアで情報収集が可能になった今、街角のキオスクで新聞を買う人が減りました。

パリの街並みに変化

私がパリに住み始めた2001年、テレビやラジオでは聞きとれないニュースを理解したくて、キオスクで新聞を買ってきては熟読したのを懐かしく思い出します。当時は、通勤途中の人々が足早に新聞を買っていました。今やキオスクに行かなくても新聞が購読できる時代。次第に、扉が閉じたままのキオスクが増え、新聞雑誌の小売店は次々と閉店に追い込まれて行きました。近所の新聞雑誌小売店が、ある日、コンビニ風のスーパーに様変わりしたのには驚きました。ひとつ、またひとつ、近所のキオスクが消えてしまい、新聞を買うために隣駅まで歩いていかなければなりません。

キオスクを守るパリ

そんな時代の流れに反して、パリ市はキオスクの支援に乗り出しました。2018年4月にイダルゴ市長出席のもとで新しいキオスクの落成式が行われ、メディア各社が大きく取り上げました。

現代版キオスクは、19年6月までに市内360カ所に増えていく予定です。扉が閉まったままのキオスクに対し、パリ市は2000ユーロの助成をすることを決めています。

キオスクは、かつてより広く、明るく、50%の電力を節約できます。また、パリ市が市内の広告を削減する方針であることから、キオスクの外観に掲示される広告も20%減らすそうです。

販売員の労働環境も改善されます。以前、公共放送フランス5で放映されたドキュメンタリーで、販売員は気軽にトイレにも行けず、冬の寒さに震え、時給1〜3ユーロしか稼げない厳しい生活を強いられていることが伝えられました。新キオスクは暖房も整備され、新聞・雑誌の他にも飲み物や土産品などを売ることができるようになりました。これまで、駅では認められていましたが、街中では原則的には新聞・雑誌販売に限定されていたのです。パリ市は、販売物の3分の2はプレス、残りは店主が販売物を選択できるように規制を緩和しました。


https://www.paris.fr/pages/des-nouveaux-kiosques-de-presse-a-paris-5650

報道の多様性を守る法律、キオスクを守るために緩和へ

規制は他にもあります。戦後、紙媒体の多様性を守るために制定された「ビシェ法」により、キオスクは全銘柄の新聞・雑誌を陳列しなければなりません。

3月5日付日曜新聞JDDの記事の中で、パリ5区の店主が「900もの銘柄を陳列しなければならないが、250銘柄は一度も売れたことがない」と嘆いていました。同記事によりますと、紙媒体の販売部数は10年間で50%減り、未販売率は50%に上るそうです。

「ビシェ法」は、本来、販売の自由や市民の情報へのアクセス、発行物の公平な扱い、などを保証するものでしたが、ネット時代が到来し、キオスクにとっては厳しい規制となってしまいました。

グレーかグリーンか、色で一悶着

パリの街並みに似合う新キヨスクとうたわれますが、デザインについては一悶着ありました。提案された新キヨスクの色はグレーでした。

私がパリに住み始めて、ゴミ箱の色が緑からグレーに変わり、レンタル自転車ヴェリブもグレー、広告塔もバス停もグレー、公衆トイレもグレーです。そのため、一部のパリジャンがグレーのキオスクを「大きなゴミ箱」「公衆トイレのようなルックス」などと批判し、60%の現代版キヨスクは以前のようなグリーンを維持することになりました。40%だけがグレーに変わるそうです。

また、1857年当時のデザインを惜しむ5万8000人が陳情し、オスマン式と言われるドーム状の屋根とフェストン(花綱装飾)を求めました。陳情を受けてパリ市は、現代版キヨスクのファサード上部にフェストンを追加することにしたそうです。

まとめ

新しく生まれ変わったキヨスクのデザイン、販売物、そして販売員の笑顔にも注目です。パリ市は販売員を対象にサービス向上に向けた研修も開催するそうです。

デジタル化の流れに飲み込まれず、印刷物の販売拠点を守ろうとするパリ。歴史が築いた遺産をパリは現代風に維持していこうとしています。